大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(ネ)952号 判決

控訴人 原告 野村秀三郎

被控訴人 被告 検事総長 福井盛太

訴訟代理人 環昌一 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決はこれを取消す、被控訴人が昭和二十四年五月十日附をもつて控訴人に通告した田島祥二外六名にかかる住居侵入告訴事件の抗告棄却処分はこれを取消す、被控訴人は憲法第九十九条の義務に鑑み田島祥二外六名に対し速かに起訴の手続をとることを要する、訴訟費用は被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却すとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決の事実摘示に記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

理由

まず、被控訴人の指定代理人の適格が争われているから、この点について按ずるに、「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律」第六条第二項第五条によれば、法務総裁は、行政庁を当事者とする訴訟について必要があると認めるときは、所部の職員を指定して当該訴訟を行わせることができることになつており、被控訴人検事総長は行政庁であるから、法務総裁が原審以来、被控訴人のため訴訟代理人に指定してきた法務府事務官環昌一、同真船孝允、同山田富久三が、被控訴人の訴訟代理人としての適格であることは、いうまでもない。

次に、控訴人が本訴において請求の趣旨とするところの実体は、要するに、(一)は控訴人の告訴にかかる住居侵入被疑事件につき、被控訴人のなした抗告棄却処分の取消を求めるというのであり、(二)は被控訴人に対し、控訴人が右控訴事件で要求している起訴の手続を速かに為すことを求めるというのであるが、わが法制の下においては、刑事事件の公訴は検察官がこれを行うべきものであつて(刑事訴訟法第二百四十七条)検察官は法定の犯罪構成要件を備えた事実があると認めた場合に、必ず公訴を提起せねばならなぬ所謂「法定主義」が採られているのではなく、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状等によつて訴追を必要としないと認めたときは、公訴を提起しないこともできる所謂「便宜主義」が採られており(刑事訴訟法第二百四十八条)また一旦公訴を提起した後においても検事に公訴の取消を認めているのであつて(刑事訴訟法第二百五十七条)、畢竟極めて例外的な刑事訴訟法第二百六十二条以下の審判に付する制度の場合を除いては、公訟を提起するとせざるとは全く検察官の自由裁量処分に委ねられたもの、換言すれば、裁判所は検察官が公訴を提起せざることの適否ついにては、判断を為し得ざるものといわねばならぬ。而して犯罪の被害者、その法定代理人親族等が検察官に対し告訴のできることは、刑事訴訟法でも規定しているところであるが(同法第二百三十条以下)、それは検察官に犯罪捜査の端緒を与え、検察官の公訴提起の職権発動を促がすに過ぎないものであつて、たとえ親告罪についての告訴であつても、それは単に訴訟要件たるにとどまり、決して検察官に起訴を義務づけるものではなく、控訴人のいうように、憲法が保障した基本的人権の不法侵害に対する国民の当然の起訴請求権、即ち直接憲法に由来する国氏の権利を認めたものというわけではない。尤もこれはわが法制が検察官に専慾的な公訴権の行使を容認した意味では勿論ないのであつて、刑事訴訟法の全面的改正と共に検察審査会の制度を設け、公訴権の実行に関し民意を反映せしめてその適正を図るため、地方裁判所及び同支部所在地に検察審査会を置き(検察審査会法第一条)、そこで検察官の公訴を提起しない処分の当否を審査せしめ(同法第二条第一項第一号)、告訴告発をした者が検察官の不起訴処分に不服あるときは、右の審査を申立て得るものとし(同法第三十条)、また例外ではあるが、刑法第百九十三条乃至百九十六条の罪(職権濫用罪)について告訴告発をした者が検察官の不起訴処分に不服あるときは、その当否を裁判所の審判に付することを請求することを得しめ(刑事訴訟法第二百六十二条以下)ているのは、この趣旨のあらわれであり、且つ検察官の不起訴処分に不服ある告訴者告発者が、その裁量の当否を争う途は、右の二つの方法による外はない。

以上の次第であるから検察官が行政庁であることは控訴人もいう通りであるが、告訴があつたに拘らずこれに応じた公訴の提起を為さざることに対して不服があるとしても、裁判所と検察庁の機能を全然区別したわが刑事訴訟制度の根本原則に前述の告訴及び公訴権提起の性質を照らし合わせて考えれば検察官を被告として、裁判所に行政事件訴訟を提起することは、できないものといわねばならぬ。而して控訴人の本訴請求は前示(一)(二)共に、検察官が控訴人の告訴に応じた起訴を為さざることに不服があつて、その救済を求めんとするものであるから、爾余の点の判断に入るまでもなく、畢竟請求自体裁判所の裁判権のない事項を目的とするものとして、これを却下すべきものというべく、然らばこれと同趣旨に出でた原判決は正当であつて、本件控訴はその理由なきによりこれを棄却すべきものとし、控訴費用につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判長判事 玉井忠一郎 判事 齋藤直一 判事 薄根正男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例